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昆虫の取材レポートII


各種の危険度

1980年代後半に顕在化したと考えられる、小笠原諸島での固有トンボ個体群の崩壊はとどまるところを知らず、現状では悪化の一途をたどっている。現在、主としての危険度は以下のとおりと考えられる。なお、各種の減少の度合いは、それぞれの生息環境悪化の度合いをあらわすのはもちろんだが、たとえば静止する場所の好みなどがグリーンアノールに捕食されやすいかどうかという点を反映しているのかもしれない。

○ オガサワラアオイトンボ
 もともとそれほど多くはなかった種で、父島列島の父・兄?・弟の各島での記録がある。今回は、弟島でのみ確認できた。ただし、生息水域はごくわずかで、確認個体数も少ないうえに発生数も安定していない(ちなみに2001年の調査では3頭のみ、前年の旱魃の影響を受けたのかもしれない)。日本産のトンボで、もっとも絶滅が心配される種である。

○ オガサワラトンボ
 かつては各所で多数見られた種で、父島列島・母島列島各島から記録がある。今回は兄島と弟島でのみ確認できた。ただし、兄島では本調査期間中3♂1♀を確認できただけで定着には疑問が残る(調査に訪れても、まったく観察できなかったことが多い)。父島では確認できず(ただし1990年代後半に1例記録がある)、1980年代後半に多数確認された母島(当時2ヶ所で書確認)でも確認できなかった。父島・母島では絶滅かそれに近い状態と考えられる。前種と異なり、もともとは広く分布し、個体数も多かった種であるので、その減少は著しいものがある。今のところ弟島では普に見られるが、危険度はかなり高い。

○ ハナダカトンボ
 父島列島・母島列島から記録があるが、戦前の記録がある母島属島の姉島では確認できず、絶滅したものと考えられる。父島では1種のみ、母島でも分布は広いが、確認河川数は10指に満たない状況であった。前2種に比べるとそれぞれの島での個体数はわりと多く状況はややましだが、全体として見ればやはり減少の一途をたどっている。本種はいわゆる渓流環境に生息するだけに、ある程度の流量がある川だけに見られる傾向があり、基本的に小さな属島の川では生息し得ないようである(ちなみに、記録のある姉島は、属島中最大の沢がある)。前2種が止水を好むがゆえに激減したのと同様、環境の多様性が限定される海洋島では環境選択のうるさいものほど危険な状況に追い込まれることを証明していよう。現状から見れば、生息する島の数は弟・兄・父・母の主要4島だけで、しかも父島がほぼ絶滅状態であることと、母島での減少傾向を考えると、絶滅のおそれはかなり高いといえよう。

○ シマアカネ
 聟島列島・父島列島・母島列島各島から記録がある。戦前の記録がある母島属島の姉・向両島では確認できず、絶滅したものと考えられる。ある程度の個体数が見られたのは兄島と弟島だけで、4年間の調査で父島では2頭、母島でも4頭のみしか確認できなかった。一方、全島が植生崩壊に近い聟島や西島に現存していたことはおどろきであった。沢沿いに残された林が、その砦になったのかもしれない。父島ではしばらく記録が途絶えていたので、その再確認は朗報だったが、1980年代後半に多数確認された母島での激滅は危険で、遠からず絶滅する可能性が高い。湧水湿地のトンボとも言えるので、そのような環境の変化には極端に弱いが、反面、湧水さえ残れば草地化が進行しても生き残っていくしぶとさもある。個体総数は少ないものの、生息する島の数の多さは救いか。

○ オガサワライトトンボ
 各島から記録がある。今回は、父島と戦前の記録がある母島属島の姉島を除く各島で確認できた。固有種のなかでは一番個体数・産地とも多い。シマアカネと同様、植生崩壊した島々でも生き残っている。ただし、2001年の母島の調査では極端に減少しており、先行きが心配される。



保護への提言

上記のように小笠原諸島固有のトンボ類は、そのほとんどが種として絶滅が心配される状況にあるといっても過言ではない。遠い南の島のことではあるが、貴重な固有種の置かれた危険状況はご理解いただけたのではないだろうか。当の調査としては、現在も継続中のトンボ類の現状把握を完全にすることが真っ先に必要である。また現在、可能な場所については環境復元の試みも始めている。

トンボ類の保護(これは他の固有生物の保護にも共通する)についての対策は、以下のことが挙げられよう。

【1】生息地の保全と環境破壊の防止
 今後は残された生息地の保全に努めるとともに、これ以上の環境破壊を許さないことが重要である。(とくに今後行われる予定がある、父島南東部での空港造成工事は、最後に残された父島の個体群に大きなダメージを与える可能性がある。また、現在でも母島南部では必要とは思われない大規模な道路造成が行われているなど、脆弱な海洋島の生態系に配慮がみられない工事があまりに多い)。また、戦後は無人島になり環境の復元が進んでいる弟・兄の両島については、今後も人間の影響を極力防ぎ、聖域とする必要がある。

【2】ヤギの完全駆除
 これについては植物の研究者がかなり以前から提言しているが、動物愛護とのからみからか、遅々として進んでおらず、歯がゆさを覚える。それでも近年、聟島列島で駆除が実施され、媒島・嫁島ではほぼ完全に駆除されたという。今年度になって、聟島でも実施中である。実施開始が遅れたとはいえ、作業が始まったことについて関係者の努力を評価したい。今後の弟・兄・父の3島での1日も早い完全駆除を願う。

【3】外来生物の移入の制限と駆除
 これまで野放しであった外来生物の持ち込みには何らかの規制が必要である。戦前に導入されたギンネム・アカギなどからアフリカマイマイ・オオヒキガエル・ブルーギル、近年のグリーンアノールなど、固有生物に脅威を与える移入種は後を絶たない。捕食者や競争相手が少なく単純な生物系をもつ海洋島では、移入生物は本土では想像がつかないほどの影響を在来種に与えることを肝に銘ずるべきである。また、少しでも食害の被害を抑えるため、移入種はできるかぎり駆除もすすめるべきであろう。とくに父・母両島で固有昆虫に多大な打撃を与えたグリーンアノールについては、ほかの島には決して持ち込まないよう、最新の注意が必要である。



おわりに・・・

長い歴史の中で進化してきた小笠原固有種を、人間の手で葬り去ることのないように切に願っている。ちなみに、小笠原各所で起こっている生態系の崩壊は、トンボだけに影響を与えているのではない。まず、在来植生の崩壊は、小笠原固有の植物を加害していた植食性の昆虫にもきわめて大きな影響を与えつつあるものと考えられる。極端な例だが、聟島のようにすでに植生がほぼ完全に崩壊してしまった場所では(しかも昆虫類の調査は、これまでほとんど行われていなかった)、すでに多くの森林性昆虫が絶滅したものと考えられる。聟島列島は近年記載されたムコジマトラカミキリが示すように、他の諸島とは異なる種分化を遂げた特産種が分布していた可能性があるが、今では知る由もない。海洋等での生物進化を知るうえでも、非常に大きな損失だったと考えられる。また、小笠原の植粒には多くの特産種が知られているが、その大部分は絶滅危惧状態にある。これらの特産種のみをホストにしている昆虫がいる(いた)とすれば、当然その影響はきわめて大きいことが想像される。
 さらに、昆虫にとって脅威なのは、近年移入されたグリーンアノールである。現在では爆発的な増加をしており、海岸部はもちろん最高峰の乳房山や堺ヶ岳の山頂などでも、周囲の低木の葉上で昆虫の飛来を待ち受ける姿が普通に見られるほどに増加していることはすでに述べたとおりである。このグリーンアノールの増加と時期を同じくして、ヒメカタゾウムシの仲間で近年発見できなくなってしまった種もあるというし、多くの特産種を有する甲虫全般も減少が著しい。カミキリムシだけでなく、かつては多く見られたというホシハナノミ類などの大型ハナノミもオガサワラムツボシタマムシも今回の調査期間中には、父・母両島でみることはなかった。絶好の状態の立ち枯れや倒木があってもこれらの昼光性甲虫が飛来しない状況は、気味が悪いほどで、現状の異常さを端的に示していよう。一方、父・母両島からそれぞれ海を隔てて数100m離れただけの兄島や向島などでは、立ち枯れがあればちゃんと甲虫は飛来してくる。さらに、父・母両島でも夜行性の甲虫類は現在でも見ることができる。これは、昼光性の甲虫と異なり、グリーンアノールと活動時間が異なるために捕食される機会が少ないことによるものと考えられる。植生の状況などは今でも父・母両島の方がはるかに恵まれているので、これらの昆虫の減少はグリーンアノールが主犯と考えられるのが自然だろう。また、父島ではすでに絶滅したと考えられている固有種のオガサワラシジミが、母島でも近年激減してしまっていることの要因の一つとして、本種の捕食が大きな影響を与えている可能性が高い(ホストであるオオバシマムラサキなどの花上で、飛来する昆虫を待ちうける姿をよく目撃する)。
 以上のように、水環境以上に森林性種の減少を環境悪化だけで説明するのは困難で、筆者はこれら昼光性昆虫類の激減もしくは絶滅状態は、やはりグリーンアノールの捕食圧が主因であると考えている。
 最後に強調しておきたいことがある。今回触れたトンボや甲虫・チョウはたまたま目立つ昆虫だったので、このほかの昆虫の正確な現状や減少過程(相当悲惨な状況にあると考えられる)はほとんど把握されていないのではないだろうか?ちなみに、土壌生物の研究でも同様に近年動物相の崩壊が生じていることが報告されている。これらの断片的情報から考えても、どうやら特定の生物群だけが危機的状況にあるのではなく、小笠原の固有生物相そのものが崩壊しつつあるのではないかという恐ろしい事態が想像される。トンボの現状把握がほぼ終了しつつあるので、今後、筆者らも他の昆虫類の現状調査を本格的に開始する予定だが、他分野でも早急に専門家による現状調査が進展することを希望している。


参考文献

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