|
今後の展開
遺伝的固有性と遺伝的多様性を重視する姿勢は、メダカのような平地に生息する淡水魚類はもちろんのこと、イワナ類のような渓流魚個体群の保全においても強く求められる。メダカは東西の集団間ですでに100万年以上の遺伝的分化を遂げているにもかかわらず、環境教育の一環として児童に由来の不明なメダカを放流させることは従来からなされている。また、エゾイワナ(
Salvelinus leucomaenis leucomaenis)、ニッコウイワナ( S.leucomaenis
pluvius)、ヤマトイワナ( S. leucomaenis japonicus)、ゴギ( S. leucomaenis
imbrius)など亜種レベルの分化を遂げつつあるイワナ類を、釣り人が系統を無視したまま発眼卵の状態で分水嶺を越え移植することは珍しくない。さらに、残念なことに、このような移植による撹乱が、科学的な検証を受けることもなくほほえましいニュースとして取り上げられることが多い。イワナ類の増殖を目的として、もともと生息していた水系に他の水系に由来する個体をむやみに移植すると、地域特性の劣化や品質の低下など健全な遺伝子資源を損なうばかりか、将来、遺伝子の研究が進んだ段階で混乱を招くことは必死である。一方、ダム、砂防堰堤などの横断工作物が河川内に構築されると、淡水魚の移動に少なからず影響を及ぼすたとえ横断工作物に魚道が敷設されていたとしてもそれが機能していなければ、下流へ移動した個体はもはや上流には回帰できなくなる。そのため、上流域ではやがて遺伝的多様性を減じ、近交弱勢が顕在化する。
希少淡水魚類を適正に保護するためには、遺伝的固有性を損なわず、超個体群内の遺伝的交流を目的に生息環境を整備する必要があるだろう。そのためには、在来集団の積極的な増殖につとめ、野外での個体の潜在的な行動圏や交配可能な範囲を推定することが重要な作業となる。
引用文献
Falconer, D.S. 1960. Introduction to quantitative genetics.
Ronald Press, New York. Hanski, I. And M.E. Gilpin. 1997.
Metapopulation biology. Academic Press, San Diego. 細谷和海. 1977. 生物多様性を考慮した淡水魚保護.
Pages 315-329 in 長田芳一・細谷 和海,編. 日本の希少淡水魚の現状と系統保存. 緑書房, 東京.
細谷和海・前畑政善. 1994. 日本における希少淡水魚の現状と系統保存の方向性. 養殖研 報,(23):17-25.
Hunter, M.L., Jr. 1996. Fundamental conservation biology.
Blackwell Science, Cambridge, Massachusetts. 環境省.1999. 汽水・淡水魚類のレッドリストの見直しについて.環境省自然保護局野生
生物課,1-6. 川那部浩哉・水野信彦・細谷和海.2001.日本の淡水魚,改訂版. 山と渓谷社.719pp. Moritz,
C. 1994. Definings ‘evolutional significant units’for conservation.
Tree,9(10):373-375. 高橋清孝・門馬善彦・細谷和海・高取知雄・木曾克裕.1995.模式産地におけるシナイモツ
ゴの再発見と人工繁殖試験. 宮城県内水試報,1995(2):1-9. Vrijenhoek, R. C. 1996.
Conservation genetics of North America desrt fishes. Pages
367-397 in Avise, J.C.and J.L.Hamrick, ed. Conservation genetics:
Case histories from nature. Chapman and Hall, New York. 鷲谷いずみ・矢原徹一. 1996. 保全生態学入門.
270pp. 文―総合出版, 東京.
|