TOP 検索エンジン  
LINK 投稿動画
   
   


【第一部 希少魚類の現状を知る】



(1)日本の希少淡水魚類の現状
細谷 和海(近畿大学農学部)



近代文明の発展にともない地球環境は著しく悪化し、環境問題は全世界的な関心事となっている。同様に、わが国の河川においても治水・洪水対策を目的とした改修、コンクリート護岸化、河口堰や砂防ダムの構築により、水辺の自然環境は著しく損なわれ、河川は魅力のない無機的な構造に変貌している。河川内に大きな横断工作物が作られると回遊性魚類の移動が妨げられる。また、砂防堰堤程度のものであっても、純淡水魚類の上下流間の交流が阻害されることは珍しくない。水田周辺においても、圃場整備や農業用水路の改修により、生息場所が消失することはもとより、水田と用水路との往復や池沼間の魚類の移動が妨げられる。成熟した個体の移動が妨げられると遺伝的交流も妨げられ、さまざまな障害を起こすことが予想される。本講演では希少淡水魚類の保護をめぐる最近の動向を紹介し、同時に保全を例に、地域個体群保護の重要性、淡水魚類の個体群の空間構造を遺伝的多様性の関係について考え、希少淡水魚類の保護目標について提言したい。




レッドリストの淡水魚類

日本列島に分布する淡水魚類は、亜種を含めて318種が知られている(川那部ほか、2001)。これには国外からの外来種が約40種含まれるので、実質的な在来種数は約280種となる。環境章(1999)はIUCN(国際自然保護連合)が打ち出した定量要件に準拠して、カテゴリー基準を改めた。新カテゴリーでは、"絶滅"、"野生絶滅"、"絶滅危惧"、"準絶滅危惧"、"情報不足"、"地域個体群"の6つのランクが示されている。飼育個体しか存在しない種とされる"野生絶滅"は日本の汽水・淡水魚類に例がないので、実際にはこれを除く5つのランクに整理される。また、"絶滅危惧"は絶滅の危機に瀕する"絶滅危惧・類"と、絶滅の危惧が増大している"絶滅危惧・類"に分けられ、さらに"絶滅危惧・類"は近い将来に野生絶滅の危険性がきわめて高いA類と、それに次ぐB類に細分されている。公表された汽水・淡水魚類の新レッドリストには、絶滅したクニマス、スワモロコ、ミナミトミヨを含め、76種・亜種が載っている。日本産淡水魚類の多くは程度の差こそあれ絶滅の危機にさらされているのが現状で、掲載数はわが国の在来淡水魚類の総種類数の約4分の1にも及ぶ。





希少淡水魚類の保護目標
希少種資源を適切に保護管理するためには、希少種を集団遺伝学的に精査することが不可欠である。 このことは同種の異なる集団の識別を可能にしたり、保護対象となる集団の健康度、遺伝的多様性を計るうえで重要である。 一般に、淡水魚類は、地理的隔離によって独自の分化を遂げようとする遺伝的固有性と、異なる集団間でときどき交雑して変異性を回復しようとする遺伝的多様性という、いわば相反する特徴を合わせ持つ(細谷,1997)。遺伝的固有性とはいわば遺伝的歴史であり、これは単系統群のみネらず、側系統群、および遺伝子浸透などに基づく多系統群の特性になる。保護目的となる保全単位については、すでにMoritz(1994)が集団遺伝学的視点から提言している。彼は保全の条件として進化的背景の重要性を強調する一方で、保全対象を設定するには、単系統性にとらわれてた‘進化有意単位(Evolutional Significant Units)’よりも、過去の遺伝子の交流をそのまま評価する‘管理単位(Management Units)’の方が実質的であると述べている。このことから、遺伝的固有性と遺伝的多様性は管理単位のなかで保全されるべきと考える。  淡水魚は地理的に隔離されやすく、同種であっても集団の遺伝的構成は水系ごとに異なるのがふつうである。とりわけ、一生を閉ざされた淡水域内で過ごす純淡水魚の地理的分布は、水系の地史を忠実に反映するとも言われている。 隔離が増幅する遺伝的固有性は、本流よりは支流、低地よりは高地、回遊性魚類よりは定住性魚類において傾向が強いように思われる。自然環境の健康指標である生物多様性(biodiversity)とは生態系多様性、種多様性、及び遺伝的多様性に3分され、それぞれ、遺伝子から生態系まで有機的につながっていると考えられる。 (Hunter, 1996; 細谷・矢原,1996)。したがって、生物多様性保護の本質にかなう理想的な保護活動をすすめるためには、種レベルにとどまらず遺伝的固有性をも見据えた保護目標の設定が強く望まれる。




超個体群
近年、保全生物学の分野において、野生集団または個体群の空間構造を遺伝子レベルで把握することが重視されつつある。
その考え方に従うなら、野生集団は小さい順に局所個体群(local population)、地域個体群(submeta population)、超個体群またはメタ個体群(meta-population)に分けられ、それぞれが階層をなすと考えられている(Hunski and Gilpin, 1996)。
時に局所個体群や地域個体群は、さまざまに自然交雑して遺伝的多様性の回復に寄与することが知られる。そのため、それらを包含する超個体群は、豊かな遺伝的多様性に裏打ちされた種の基本的な単位と言える。淡水魚の場合、とりわけ純淡水魚は山脈や海によって隔離されていることが多く、異なる超個体群間の遺伝的交流はないと考えるべきで、集団の遺伝的固有性は超個体群を単位に保たれているものと思われる。このように、超個体群の考え方の特徴は、常に不安定な環境に置かれている局所個体群や地域個体群がたとえ絶滅したとしても、超個体群内のネットワークを通じてその遺伝的保存されるところにある。




希少淡水魚類の保全
保護の具体策である保全は、生息地における現存の自然環境を維持することで希少種を保護しようとするもので、サンクチュアリーや自然保護区などがこれにあたる(細谷・前畑 1994)。シナイモツゴ(Pseudorasbora pumila pumila)が宮城県の模式産地から再発見されたが(高橋ほか,1995)、現在では宮城県内水面水産試験場や仙台市教育委員会によって厳重に管理されている。本種が生息するため池は高い堤防により完全に隔離され、偶然にも希少種であるゼニタナゴ(Acheilognathus typs)やギバチ(Psuedobagrus tokiensis)も保存されていたという。このことは、周囲の低地にあるため池がのきなみモツゴ(Pseudorasbora parva)やタイリクバラタナゴ(Rhodeus ocellatus ocellatus)に置換されている現象と対称を成している。
閉鎖されたため池から希少淡水魚類が発見される例は、愛知県や三重県のウシモツゴ(P. pumila subsp.)、神奈川県のミヤコタナゴ(Tanakia tanago)とゼニタナゴなど枚挙にいとまがない。これらのため池にはいずれも競争相手となるモツゴやタイリクバラナタゴ、ならびに捕食者のブラックバス(Micropterus salomides salmoides)がいまだ侵入しておらず、希少淡水魚類保全における隔離の効果を如実に反映している。これとは対照的に、農業用水を通じて河川に接続する水田は、淡水魚類にとって開放的な生息場所と考えられる。ここはコイ目で代表される純淡水魚類にとって、生活史上欠かすことのできない繁殖場や仔稚魚の成長場所となる。濃尾平野に分布していたウシモツゴは、かつて堀田と呼ばれる粗放的水田を主な生息場所としていたものと思われる。堀田は、堀りあげ田と呼ばれる水田部分と堀りつぶれと呼ばれる水路部分からなり、両者は直接水面でつながっていた。そのため、堀田は多くの平地性淡水魚にとって、産卵場や仔稚魚の生育場としての水田を有効に利用できる、重要な生息場所であったものと予想される。さらに、堀りつぶれが短冊状に連続して開放的な環境を作り出すことは淡水魚の自由交配を可能にし、結果として近交弱勢への抑制効果をもたらしていたと考えられる。



希少淡水魚保全の課題
池沼を主な生息場所とする魚種は、通常、複数の池沼に別れて生息している。池沼は離れていても農業用水や小川によって相互に連結しているので、魚は産卵期になると、他の池沼に自由に移動できる。これらの平地生の魚種では、個々の池沼が局所個体群に相当し、全体として超個体群構造をなしているものと思われる。そのため、池沼間の連絡を絶ってしまうと局所個体群は完全に隔離された小集団に変わる。野外の生息地といえども小集団化に伴う近交弱勢は、見過ごすことのできないマイナス要因となろう。特に、小さなため池で起こる近交弱勢は、いわば保全を進める上での盲点となっている。たとえば、大阪府八尾市のため池にわずかに残ったニッポンバラナタゴ個体群では、ほぼクローン集団を形成する程度まで近交化がすすみ、産卵数などの繁殖形質が劣化していることが判明している。超個体群の考え方にあてはめるならば、現生息地のため池はほぼ局所個体群に相当するが、ネットワークを形成できないために、遺伝的多様性を回復することは困難と思われる。このことは、生息地保全によってのみニッポンバラタナゴの純系を維持しようとする現行の保護方法に限界があることを示している。近交弱勢とは、遺伝的劣化のもっとも典型的な症状である。近交弱勢が個体の遺伝的ホモ接合率が高くなると引き起こされることは、数多くの事例によってすでに証明されている(Falconer, 1960; Vrienhoek,1996)。この現象は野生集団のみならず、水産試験場や水族館で長年継代飼育している集団においても見られることが経験的に知られている。個体群の増加率を低下させる理由としては、弱い有害効果を持つ突然変異が生じ、それが近親交配を通じてホモ接合する確率を高くする結果、有害効果が発現してくるからと説明されている。発現を抑えるためには、ヘテロ接合により有害遺伝子をマスクしなければならない。耐病性や成長率など、適応的な形質に関係する遺伝的変異の大きさは、種や超個体群の絶滅可能性に大きな影響を与えるとも言われている。したがって、今後、淡水魚類の種や超個体群が進化の過程で獲得してきた遺伝的多様性を適切に保存することは、淡水魚保護の大きな目標となるであろう。




今後の展開
遺伝的固有性と遺伝的多様性を重視する姿勢は、メダカのような平地に生息する淡水魚類はもちろんのこと、イワナ類のような渓流魚個体群の保全においても強く求められる。メダカは東西の集団間ですでに100万年以上の遺伝的分化を遂げているにもかかわらず、環境教育の一環として児童に由来の不明なメダカを放流させることは従来からなされている。また、エゾイワナ( Salvelinus leucomaenis leucomaenis)、ニッコウイワナ( S.leucomaenis pluvius)、ヤマトイワナ( S. leucomaenis japonicus)、ゴギ( S. leucomaenis imbrius)など亜種レベルの分化を遂げつつあるイワナ類を、釣り人が系統を無視したまま発眼卵の状態で分水嶺を越え移植することは珍しくない。さらに、残念なことに、このような移植による撹乱が、科学的な検証を受けることもなくほほえましいニュースとして取り上げられることが多い。イワナ類の増殖を目的として、もともと生息していた水系に他の水系に由来する個体をむやみに移植すると、地域特性の劣化や品質の低下など健全な遺伝子資源を損なうばかりか、将来、遺伝子の研究が進んだ段階で混乱を招くことは必死である。一方、ダム、砂防堰堤などの横断工作物が河川内に構築されると、淡水魚の移動に少なからず影響を及ぼすたとえ横断工作物に魚道が敷設されていたとしてもそれが機能していなければ、下流へ移動した個体はもはや上流には回帰できなくなる。そのため、上流域ではやがて遺伝的多様性を減じ、近交弱勢が顕在化する。
希少淡水魚類を適正に保護するためには、遺伝的固有性を損なわず、超個体群内の遺伝的交流を目的に生息環境を整備する必要があるだろう。そのためには、在来集団の積極的な増殖につとめ、野外での個体の潜在的な行動圏や交配可能な範囲を推定することが重要な作業となる。

引用文献
Falconer, D.S. 1960. Introduction to quantitative genetics. Ronald Press, New York. Hanski, I. And M.E. Gilpin. 1997. Metapopulation biology. Academic Press, San Diego. 細谷和海. 1977. 生物多様性を考慮した淡水魚保護. Pages 315-329 in 長田芳一・細谷 和海,編. 日本の希少淡水魚の現状と系統保存. 緑書房, 東京. 細谷和海・前畑政善. 1994. 日本における希少淡水魚の現状と系統保存の方向性. 養殖研 報,(23):17-25. Hunter, M.L., Jr. 1996. Fundamental conservation biology. Blackwell Science, Cambridge, Massachusetts. 環境省.1999. 汽水・淡水魚類のレッドリストの見直しについて.環境省自然保護局野生 生物課,1-6. 川那部浩哉・水野信彦・細谷和海.2001.日本の淡水魚,改訂版. 山と渓谷社.719pp. Moritz, C. 1994. Definings ‘evolutional significant units’for conservation. Tree,9(10):373-375. 高橋清孝・門馬善彦・細谷和海・高取知雄・木曾克裕.1995.模式産地におけるシナイモツ ゴの再発見と人工繁殖試験. 宮城県内水試報,1995(2):1-9. Vrijenhoek, R. C. 1996. Conservation genetics of North America desrt fishes. Pages 367-397 in Avise, J.C.and J.L.Hamrick, ed. Conservation genetics: Case histories from nature. Chapman and Hall, New York. 鷲谷いずみ・矢原徹一. 1996. 保全生態学入門. 270pp. 文―総合出版, 東京.


1/2/3/4/5/6/7/8/


TOPに戻る


Copyright (C) 2003 kankyotv.net
All Rights Reserved.