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【基調講演】

 
生物多様性と希少野生生物の保全−新・国家戦略への招待
= 鷲谷いづみ(東京大学)=


 

生物多様性は、この地球上には数十億年の生命の歴史がつくりだした夥しい種類の生き物が互いにかかわりながら生きておりヒトもその一員であるということをあらわすことばである。最近では人間活動の強い影響のもとに多くの生物の種類が絶滅したり、絶滅の危険にさらされ、急激にしかも全般的に自然の豊かさが失われつつある。そのことは、自然の恵み、すなわち生態系を構成する多様な生物の連携プレーによって産み出される財やサービスにたよって生きざるを得ない私たち人間の将来に暗い影を投げかけるものである。そのような危機意識の高まりから、1992年の地球サミットで「生物多様性条約」が採択された。生物の絶滅と生き物豊かな森林やウエットランドなどの喪失を防ぎ、自然の恵みを持続的に利用できるようにするための条約である。現在では182カ国がこの条約に加わり、自国の生物多様性の保全、つまりそれぞれの国に固有な自然を大切にする義務を積極的に負っている。この条約が自国の経済的な利益に反すると未だに締約していないアメリカ合衆国は、国際的に孤立しているともいえる。条約はその第6条で、それぞれの国が生物多様性の保全と持続可能な利用を目的とした「国家戦略」つまり、国をあげて取り組むための方針と計画をつくることを求めている。それに応えて日本も、日本列島の自然によって生かされている私たちにとってかけがえのない日本列島の生物多様性を保全し、持続的に利用するための最初の「国家戦略」を1995年に策定した。条例発効から2年という早期に策定し、生物多様性というキーワードを国の政策の中に位置づけたという積極的な面があったものの、各省庁がすでに実施している政策を羅列したものであり、十分な現状分析に基づく実効のあるものとはなっていないなどの不十分さも否めなかった。今回の見直しにおいては、その不十分さを克服してより効果的な戦略に改めるべく、時間をかけて現状分析や方策の議論が広くNPO、NGOも交えて行われ、わが国の自然環境施策のトータルプランであり、しかも実践的な行動計画としての性格をもつものとして新・戦略が策定された。前戦略が策定された6年前に比べると、自然と強制していくことに対する意識が大いに高まってきている一方で、危機そのものはいっそう深まっている。そのような社会と自然の状況にあわせて、前戦略よりもいっそう強力な戦略がつくられたといえる。何が生物多様性を脅かしているのか、人と自然の共生を難しくしているのかを明確にすることは、有効な戦略をつくるためのもっとも重要な前提となる。新しい戦略では、危機の原因や背景をより深く分析し、次の3つの危機としてまとめている。

第一の危機は、開発、利用のための乱獲など、人間活動の強い影響で生物が絶滅の危機にさらされたり、自然が破壊されるという、従来から広く存在しているが、最近いっそう深刻化している危機である。世界中で問題となっているユニバーサルな危機であるといってよい。

第二の危機は、伝統的な農業や生活と係わる自然への働きかけがなくなったり、里山や田園の自然の手入れが不十分になったり変質したことによるものである。 日本やアジアに特有な危機であるということもできる。

第三の危機は、日本の自然になじまない、新たにもたらされた生物、外来種や、自然界には存在しない化学物質によってもたらされる問題である。これらの危機が重なり合って、しばらく前までは普通にみられた身近な動植物、メダカやタガメやキキョウやフジバカマまでが絶滅の危機にさらされるようになった。トキやコウノトリは、野生ではすでに絶滅の憂き目にあっている。もともと希少な動植物であれば、特に深刻な結果がもたらされる。植物では群馬県の鳴神山だけに生息するカッコソウにその代表的な例をみることができる。日本列島の背骨をなす山脈から海にいたるまで、それぞれの場所にふさわしい自然の豊かさが失われ、人々と自然との関係も疎遠になりつつある。それぞれの地方の自然に支えられてきた私たちの生活や文化までもが貧しいものとなってしまうという深刻な危機であるともいえる。これらの危機を乗り越えるにはどうしたらよいのか、国家戦略には、そのためのみちすじや方針・方策が述べられている。危機は多様な原因から生じ、産業構造の変化、伝統的な営みの喪失などとも深く係わっている。そこで、従来のように保護区などで自然を守ることに加えて、里山や農村地域の自然の保全や管理の活動をさまざまな面から多様な手法で支援することや、自然がすでに失われてしまった場所でその再生を目指して官・民・学が協力してすすめる自然再生事業などが提案されている。身近な自然や環境について学びあう、生物多様性保全のための学習や、これまで十分とはいえなかった自然環境についてのデータを飛躍的に増やすことなども方針として揚げられている。現状をしっかりと科学的に把握し、その情報を広く国民が共有することなしには、生物多様性の保全は不可能だからである。自然環境に関するデータを充実させ、日本列島における生物多様性の変化を広く監視するため、全国1000ヶ所に国設のモニタリングサイトを設けるという、斬新なプランも記されている。自然再生の事業をはじめさまざまな取り組みにおいて、NPOや市民と行政との協同、行政機関どうしの連携の強化などが重要なことは、戦略の随所に書き込まれている。

第一の危機は、開発や乱獲で生物が絶滅の危険にさらされたり、自然が失われるという問題であるが、「自然との共生」が社会的目標として意識されるようになった現在でも、開発の現場では残念ながらいまだに生き物への配慮が必ずしも十分とはいえないことや、持続的でない生物利用が行われ、依然として大きな危機の要因となっている。水辺がコンクリート護岸され、ウエットランドが埋めたてられ、水質の悪化もあいまって、日本の水草の3分の一が絶滅の危険にさらされている。
森林や草原が開発されオオタカやフクロウなど生態系の頂点に立つ猛禽の生活が困難となり、南の海の埋め立ては海の哺乳生物ジュゴンを窮地に追い込んでいる。残念ながら今の日本では約200種の哺乳動物のうちの48種、64種の両生類のうちの14種、約300種の淡水魚類のうち76種、約7000種の維管束植物のうちの1665種など多くの動植物の種が絶滅危惧種となっている。これらの問題に対処するには、これまで以上に「保全」を強化しなければならないが、一方で、すでに失われた生息場所や環境を再生して、絶滅危惧種の個体群の回復を図っていくことも必要になっている。
 
第二の危機は、自然への働きかけが足りなくなったり変質したことによるものである。草刈り、落ち葉かき、野焼き、池さらい、あるいは昔ながらのやり方で稲作をしたりすることで、生息環境が確保されていた身近な生き物が、適切な人の働きかけがなくなったことで衰退しつつある。雑木林のカタクリやニリンソウ、草原のキキョウなどの野草や蝶などを守るには、雑木林の手入れや野焼きなどが必要である。すでに多様な取り組みが盛んになっているが、NPOや市民の役割、一次生産者への支援や連携などが求められている。

第三の危機
に関しては、最近ではとくに、外来の生物が増え、在来の生物の生活の場を奪ったり、餌として食べ尽くしてしまったり、病気の原因となることで絶滅の危機を高めることが多くなっている。湖や池などに放流されたブラックバスは、魚だけでなく、トンボのヤゴやさまざまな昆虫を食べ尽くし、池や湖の生物相を貧しいものにしてしまった。マングースや野良猫は、アマミノクロウサギやヤンバルクイナなどを食べて絶滅の危険をいっそう高めている。このタイプの危機に対しては、これまで必ずしも十分な対策がたてられていたとはいえない。国家戦略には、外来種の利用に先立つリスク評価、すなわち野生化したり在来種に影響を与える可能性を予測し、問題を起こす可能性がある場合には利用を控えること、外来種利用にあたっては、野生化をもたらさないように責任を持つこと、また、すでに問題を起こしている外来種に対しては駆除など必要な対策をとるなど、新たな仕組みづくりの方向が示されている。国家戦略が真に有効なものとして効果を発揮するためには、広く国民の参加が必要である。生物多様性の保全には多様な取り組みが求められるが、それは、誰もが何らかの形で参加することが可能であることを意味している。


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