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内モンゴルは今……
草原の砂漠化と環境保護、変わりゆくモンゴル族の生活





【ニンツァイ監督 『白い馬の季節』を語る】

● 変わりゆくモンゴル人の暮らし
  草原の人々は、何世紀にもわたり放牧生活を送ってきました。彼らは定住せず移動する民族です。季節ごとに新しい牧草地を求め、生活の場所を移して暮らしてきました。基本的には、草の茂る青々とした土地を移動しながら放牧していました。しかし、政治的状況、自然環境の変化によって、土地と結びつくというモンゴル人の生活様式は、今、奪われつつあります。
遊牧民は伝統的な生活を断念し、町への移住を強いられています。一部の若者たちは喜んでいますが、大半の牧民たちは困惑しています。遊牧を糧としてきた彼らは、町の仕事や生活などに何の手立てもありません。実に先行きの不安な状況にあります。

● 漢民族とモンゴル少数民族
  モンゴルの人々はほとんどが遊牧民です。彼らは羊や牛の番をしながら暮らしてきました。しかし、モンゴルに移住してきた漢民族は、生活の基盤が農耕であるため、穀物、とうもろこし、小麦、ジャガイモなどの栽培を始めました。これは草原にとって極めて好ましくないことです。モンゴルの土地は農業に適していないのです。土地は耕すと、腐蝕してしまいます。もともと雨の少ない大草原は、いまや砂漠に変わりつつあります。

● 『白い馬の季節』の政治的な目的について
  モンゴル人には、土地を所有するという意識がありません。人々は自分が放牧したいと思う土地で、自由に放牧していました。遊牧民族の文化には、土地所有という概念がなく、土地の所有ということをまったく理解できませんでした。しかし、今では土地が個人に分割され、それぞれの世帯―パオ―は、自分たちが自由に生きるための、一定のスペースを与えられました。遊牧民たちは、自分の土地を柵で囲うように言われて、困惑しました。移動できなくなったのです。政府は人々が定住し、一つの場所にいることを望んでいます。私は、彼らが故意にモンゴル文化を破壊しようとしてるなどと言っているのではありませんし、彼らは遊牧民にとって進歩だと、思っているのかもしれません。しかし、その結果として、私たちモンゴル人の伝統的な生活様式は、滅びつつあるのが事実です。
 政府がこの作品を見て、大草原の遊牧民の抱える問題を理解してほしいというのが、私の真摯な願いです。

●馬の象徴性とモンゴル人にとっての作品の意味
  馬はモンゴル人にとって大変重要な存在であり、さらにモンゴル人のシンボルでもあります。馬は働く家畜以上の存在であり、私たちモンゴル人の仲間です。映画に出てくる馬は実に美しい、本当に忠実な老馬です。あの馬が、今のモンゴル人の状況を暗示しています。私たち、モンゴル人は偉大な歴史を持ち、過去に偉大な業績を残してきた民族です。しかし、今、我々は衰え、あの偉大な時代の文化さえ死に近づきつつあるように思えます。

 モンゴル人に対してもメッセージがあります。モンゴルには確かに偉大な歴史がありますが、私たちはこの偉大な歴史を重視しすぎです。このことが私たちの重荷となり、進歩さえ抑えているのです。私たちの民族は、過去に生きていたんだと決意したかのように、あの偉大な民族の過去は終わったと思っているようです。しかし、生き残るためには、的確に未来に目を向けることを、今こそ始めなければなりません。今、私たちを取り巻く状況をしっかりと見つめねばならない時です。

● 中国の少数民族の映画
  毎年、中国は200本以上の劇映画を製作していますが、ごくわずかの作品しか利益を上げていません。こうした状況のもとで、少数民族の映画が成功することは極めて難しいことです。というのは、少数民族地域での映画製作は、投資額においても漢民族の作品と競争することはできないのです。
こうした背景に立ち向かい、すさまじい市場競争の中で一つの場所を得るために我々は少数民族の映画の方向について改めて考え直すべきです。内モンゴル映画は、少数民族のテーマを取り上げるべきです。これが他の作品と競争する際に有利な点です。我々が、自らの文化に深く根ざして、作品の質を高めることを最優先すれば、内モンゴル映画が世界中で評価されるだろうと、私は前向きに考えてます。少数民族をテーマにした作品は、人間として傑出した要素、民族の人文科学的な魂を持たねばならないと思っています。

(ハワイ国際映画祭(2005年10月)パンフより訳出)

監督/脚本/主演:ニンツァイ(寧才)
 モンゴル族。1963年、内モンゴル自治区ホルチン地方の牧畜民家庭で7人兄弟の6番目として生まれる。16歳の時、高校の友人のつきそいで受けたオーディションがきっかけで、オラーンムチル(内モンゴルの旗よりも大きい行政単位が持つ文芸公演団)にダンサーとして入団、努力の末、4年で主演にまでなる。その後、演劇に目覚め、1982年上海戯劇学院に入学。卒業後、内モンゴル話劇団の要請で『旗長?好』に出演、好評を博す。以後多くの舞台、映画、テレビドラマ等に出演。またテレビドラマ『耶達山の雪』、『静かなる艾敏河』(ナーレンホア主演)等の監督も行い、各種の賞を得た。1998年、北京電影学院監督科進修班に進学。2002年『天上草原』に主演、中国のアカデミー賞と言われる金鶏奨最優秀主演男優賞を獲得。2005年、本作で映画監督デビュー。


【参考資料】
内モンゴルは今……
草原の砂漠化と環境保護、変わりゆくモンゴル族の生活

 モンゴル草原をはじめとする中央アジアの砂漠化については、日本でも黄砂飛来の問題で幾度も報道されており、また、日中両国での共同植樹プロジェクトも行われている。

 砂漠化の要因は、降雨量の低下、干ばつ、強風といった自然現象にもとづくものもあるが、歴史的なもの、人間によるものも大きい。
 内モンゴルが、自治政府として成立したのは1947年。実に中華人民共和国成立より2年も早い。1949年に自治政府が自治区政府に改められた。以来、多くの漢族がこの地に移住してきた。
 1930年代に400万人だったといわれる内モンゴルの人口は、1953年には610万、1964年には1234万、1982年には1927万、1990年には2145万、2000年には2375万と大幅に増加してきた。2006年度の人口は2392.35万人、実に1953年の4倍に近い。内、モンゴル族は423.83万人にすぎない。
 農耕民族である漢族の増加は、必然的に農地面積の拡大をもたらし、草原を縮小させることとなる。同時に、新たにもたらされた定住型生活(町・都市への集中)、貨幣経済といったものが、モンゴル族の生活様式に大きな影響を及ぼした。
 1980年代初期には、内モンゴルでも農業請負制度が導入され、家畜と牧草地使用権の分配が行われた。各世帯では鉄条網で牧草地を分断、定住型の放牧に移行し、その結果、伝統的な遊牧様式が排除されていった。
 牧畜民自身、危機的状況に無自覚であったこともある。馬や牛は草の青いところだけを食むが、羊は草を根こそぎ食べてしまう。そのために草原の回復に時間がかかる。そこで伝統的に、草を食べ尽くすことのないよう羊を連れて移動するという遊牧という形態がとられた。ところが、改革開放経済以後、家畜の商品としての経済価値の高まりや、食肉の需要などにより、羊の飼育頭数が急激に増加、土地の許容量を超えた羊が放牧される「過放牧」の状態となった。すると、土地の回復が間に合わなくなり、砂漠化が進むこととなった。

 こうした状況に危機感を持った中国政府は、ようやく環境問題に着手しはじめた。九十年代に劇的に進んだ環境破壊に対処するため、2001年からはじまる第10次五カ年計画では、生態環境保護が大きな課題となった。
2002年にはじまる「退耕還林」(耕作地を森林に戻す)政策は、牧畜地域では「退牧還草」(牧畜を禁じ草原を回復する)事業として実施された。それが、本作でも扱われる草原保護・回復政策である。鉄条網で区切った地域の立ち入りを制限して一定期間放牧禁止区域とし、草原の回復を図る。牧畜民に対し、飼料の援助などの補償はあるものの、指定された地域から牧畜民は締め出されることとなる。
また、これに伴い「生態移民」という政策も実行されている。これは、生態環境保護のために、そこに住む住人を丸ごとほかの土地へ移住させようという、いささか強引にも思える政策である。中国政府によれば環境保護の上では一定の成果を上げているとされているが、さまざまな問題も引き起こしている。
他にも、内モンゴル全域に190の自然保護区が設けられ、貴重な観光資源ともなっている。そこには美しい草原が保存されているものの、もとよりモンゴル族が生活できる場ではない。

こうした草原の囲い込みや生態移民、自然保護区域の設置は、環境保護という目的は緊急の重要な目的のためではあるが、それが皮肉にもモンゴル族から遊牧民の暮らしをさらに奪っていくこととなった。
(参照:小長谷有紀他編『中国の環境政策 生態移民』昭和堂、2005年)


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