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患者から 〜“乳癌”−この賜り物〜 著:なごみ

 
   
   
   

今年3月29日のこと.何カ月ぶりかで乳房の自己検診をしていて指先に硬いしこりを捕らえました。大きさ約1cm程、左乳房下部。瞬間的に”乳癌だ!”と感じるぐらいの硬いしこり。その夜はさまざまなことを考えました。

CS(化学物質過敏症)の上に乳癌まで

・CSなのに手術はできるのか。前々から薬物アレルギーがあって麻酔はトラブル体験がある。
・術前後の止血剤、抗生剤はもちろん、抗癌剤、放射線もできないだろう……等々。


さてどうするか。頭の中でくるくると思いが回りました。昨年5月、新築に入居後始まったCS〔化学物質過敏症〕。それだけで心身に大きなダメージを受けてストレスもたっぷり。その上乳癌?神様はいったい私に何を学べと言われるのか、考えてみようと思いました。発見から手術までの約3ケ月余、私の取った行動を記します。

●4/ 9
知り合いの医師の紹介でG病院へ。初診で左乳房癌との診断。
●4/17
G病院再診。丸山ワクチンの相談とセカンドオピニオンをかねて日本医科大学附属病院を 紹介していただく。
●4/19
術後のケアのためにも丸山ワクチン術前から投与するのはどうかと思い、相談のため北里研究所病院を受診、宮田幹夫允生からOKをいただく。
投与してくださる医師(病院)を探す。
●4/26
日医大受診,「丸山ワクチンの副作用は例がない」と言われ、即日入手。第1回投与 >
●4/28
夫に乳癌である事を告げる。
●5/ 8
夫と共にG病院へ。しかし術式、北里との連携等で疑問を残しつつ、手術の意志を表明し帰宅。
●5/22
「立神経免疫療法法」知り受診。化学療法や手術をせずに癌を治す。と言う方法。
上記を受診後3日目頃から丸山ワクチンの副作用と思われるCS反応が出現。特にA液を投与すると喉が赤く腫れ、イガイガ感と唾を飲みこむと痛く、喉の粘膜の膨張感、息苦しさ等。ワクチンの中止を考える。
●6/4
サードオピニオンとして東京共済病院を受診。〇リンパ節郭消なし〇乳輪・乳頭を温存した上で「単純皮下乳腺全摘手術」〇麻酔法・使用薬剤は北里と連携して慎重を期す必要有り〇術後の抗癌剤・放射線は行わない、との方向を示される。この説明に大満足。ここに決めた”きっかけを作ってくれた娘に感謝。
●6/11

入院手続きのため共済病院再診、娘と共に初診時の方法を再確認。その上で穿刺検査を受けるものの、40分程後に例の喉へのCS反応(ワクチンの時と同じ)が出現。これでキシロカイン使用は不可となる。7月8日入院、10日手術決定。北里への質問状預かる。
●6/12
共済病院からの質問の手紙とキシロカイン反応を書いた私の手紙を北里・宮田先生に届けるため持参。
●6/17

丸山ワクチン2回目配布。ワクチンのCS反応らしき症状を話すと興味潔く聞いてくださり、「基本的なA液B液の組み合わせでなくても、人によってAのみ、Bのみと方法はある」と言われ、B液の時の反応が少ないのであればBのみの投与で良いとのことでB液のみになる。
●6/19
ワクチン続行か中止かの相談のため、北里再診。5/22の症状がCS反応か否かを質問したところ、「喉の膨張感があるので多分反応だろう」と言われる。そして「1月15日から宮田先生の処方により地元病院で受けている肝臓の解毒機能を高める点滴とA液が同時投与になると反応が薄れる。B液の時はほとんど反応しない」と話したところ、「点滴の主成分と同じ解毒剤を経口投与(1日3錠)しつつ、ワクチンを続行した方が良い」との指示をいただく。
●6/25
5/22の症状がほぼ消失し、ワクチンを続行が可能なことを確認。これで術後のケアの方法が一つ与えられたと感謝。
「誰かがやらねばならぬ手術」 
●6/27

夫と共に共済病院へ.6/21に持参した北里への質問事項に回答有り。麻酔についでは提案通りで良いが、リンパ節への転移を見るための染色については難色とのこと。これでセンチネルリンパの郭消も無しという方針がはっきり決定。夫も丁重かつ親身な医師の態度と説明に、転院したことを良しとする。「やっかいな患者ですみません」との夫の言葉に、「そんなことはありません。誰かがどこかでやらなければならない手術なのだから。ここへ来られたことを縁だと思って、私で良かったら全力で手術に臨みます」とおっしゃってくだきった医師の言葉を私は決して忘れないと思う。ありがたいの一言に尽きる。
●7/8
入院。入室と同時にべッドマットにかけられたシーツ以外、すべて外され、持参の大判バスタオル、タオルケツト、枕に替えてくださる。以後シーツ交換なし。食事も自分で手当てすることを条件に持ち込みを許可してくださり、退院までお茶も食事も病院食は一切ロにせず(これは大変ありがたく感謝しています。おかげで術前後共、質の良い生括「私にとって」が出来たので回復が順調であったと思います)。
●7/10
前日21:00より食止めになり、脱水症状防止のための生理食塩水のみの点滴が8:30より開始される。
14:00
1時間遅れで手術室入室。
16:00
言葉はまだ呂律がよく回らないものの、意識はほぼ覚醒し、摘出した乳房と「癌」を見せていただく。白く少し透明感のあるきれい(?)なしこり。大騒動した割には小さく、周りの乳腺への散らばりもかなり局限化されていたとのこと。丸山ワクチン、気功(これも発見と同時に受けていて、入院までの3ケ月余で計24回を教えた)、食養生等が功を奏したかも知れない。
16:10
病室戻る。意識はすこぶる順調に回復。全身麻酔覚醒後のあのけだるさもない。
感謝の夜明け
18:00
麻酔は完金に醒め,キズが痛み出す.鎮痛剤も使用しないと決めていたのでこれは予定の経過の始まり。ひたすら耐えるのみ.自由に動けないので背中と腰が痛い。時々、夫に背中へ手を差し込んで少し浮かせるようにしてもらう。自力で何とか体位変換を試みる。
20:30
30分遅れで夫と2人の子供達が帰宅。ひとりになった術直後の夜は何度経験してもつらく、わびしい。ただただ夜明けを祈り、待つより仕方ない。“朝にならない夜はない”。聖書の−節がいつも私を支える。
22:00
キズの痛みはピーク。排尿ドレーンの位置が悪く、きちんと排尿されず膀胱が張って痛い。ドレーンの位置を自力で変え、下腹部を押さえて排尿を促す。2分ぐらいですっきり。
23:40


前日9時より経口による飲食をしていないのと「一切余計な薬剤を使わない」という事が守られていて、栄養剤はもとよりブドウ糖すら添加されていないので血糖値が下がっているらしく、猛烈な空腹感に襲われる。頭がボーッとして気分も悪い。看護師を通じて医師の許可を得て黒あめを一粒口に人れた。やがて前記症状消失そして痛みも軽減し、感謝の思いで−杯。夜明けまでは背中と腰の痛みに耐えればよさそう。
5:00
痛みはない。すっかり夜も明けた。
8:30
排尿ドレーン抜管。すぐ起きて朝食の準備。ちなみに献立は、パン2枚ゴマペースト添え、ゆで人参、ほうれん草のゴマ和え、納豆、コーンスープ。とてもおいしい食事でした。

〜術前と変わらぬ食事〜 摂れたるは友の祈りや〜 再生の朝〜

 こうして手術は無事に終わりました。CSの私を受け入れ、手術してくださった共済病院の医師をはじめすべてのスタッフの皆様、宮田先生、CS支援センターの広田様をはじめ多くの情報をくださったお仲間のカ々、食料を運んでくださった友人達、手術の時刻に合わせて祈りを捧げてくださった多くの友、そして私が納得出来る医師に巡り会うまで支えてくれた家族、どれ一つ欠けても「今」は無く、もちろん未来もありません。私が生きながらえることに価値を与えてくださった神様の深い配剤に感謝しています。
医療の決定権は患者に束京共済病院のように大きな配慮と共にCS患者を受け入れてくださる痢院が日本全国に増えることが願いです。一極集中は決して望ましいことではないと思います。
そして患者の方々も治療の方法を探すと同時に、「治療に耐えられる体づくり」を自分で努力しておくことで、きっと良い結果を導くと思います。医療は日進月歩ですが、どんな方法を選ぶかはその人に決定権が委ねられます。「お任せします」は後悔のもと。「何も分からないから」は自分の体と命を粗末にすることだと思います。時間的ゆとりのある時に知識を得るよう心掛けたいと思います。
なお、今回の麻酔を含めた手術の情報は、いずれ宮田先生のお手許に届けられると思います。お役に立てば率いです。暑い夏、皆様ご自愛ください。

〜CS(化学物質過敏症)支援センターの記事より一部抜粋〜 

   
   
   
 
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